大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7493号 判決

原告 小沢啓志

右訴訟代理人弁護士 大政満

同 石川幸佑

同 大政徹太郎

被告 井上治平

右訴訟代理人弁護士 海地清幸

同 小倉正昭

被告 中外機材株式会社

右代表者代表取締役 植田一朗

右訴訟代理人弁護士 菊地章

同 中村雅男

主文

一  被告井上治平、同中外機材株式会社は、原告に対し、原告が別紙物件目録一記載の土地につき、東京法務局杉並出張所昭和四九年九月一二日受付第三二八四一号中島薫持分全部移転請求権仮登記に基づく本登記手続を、別紙物件目録二記載の建物につき、同法務局同出張所昭和四九年九月一二日受付第三二八四〇号所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をそれぞれなすことを承諾せよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外出月興隆(以下出月という。)は、昭和四九年六月一五日訴外中島薫(以下中島という。)に対し弁済期日同年一〇月二七日、利息年一割五分、遅延損害金年三割との約で、金一、四〇〇万円を貸与するとともに、同日右貸金債権を担保するため中島から別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という。)に対する六八九〇九二分の六五〇九のその共有持分(以下本件土地共有持分という。)及びその所有にかかる別紙物件目録二記載の建物(以下本件建物という。)に対し抵当権(以下本件抵当権という。)の設定を受け、いずれも東京法務局杉並出張所昭和四九年七月二九日受付第二七一七三号をもって本件抵当権設定の各登記を経由した。

2  原告は、同年八月三〇日、中島の承諾の下に、出月から右貸金債権及び本件抵当権の譲渡を受け、いずれも同法務局出張所同年九月一二日受付第三二八三九号をもって本件抵当権移転の各附記登記を経由したが、その際、中島から今後とも必要に応じ金員を貸与してほしい旨申込みを受け、これを承諾することになったため、中島と話合った結果、同年八月三〇日右譲受けにかかる貸金債権および将来貸付により発生する貸金債権を包括的に担保するため、中島から本件土地共有持分及び本件建物(以下本件土地共有持分等という。)に対し譲渡担保権(以下本件譲渡担保権という。)の設定を受け、その公示方法として、本件土地につき東京法務局杉並出張所昭和四九年九月一二日受付第三二八四一号中島薫持分全部移転請求権仮登記(原因同年八月三〇日売買予約)を、本件建物につき同法務局同出張所同年九月一二日受付第三二八四〇号所有権移転請求権仮登記(原因前同)(以上の各仮登記を以下本件各仮登記という。)をそれぞれ経由した。

3  そして、原告は、右約定に基づいて、中島に対し左記のとおり金員を貸付けた。

(一) 貸付年月日 昭和四九年七月二〇日

貸付金額 金一、五〇〇万円

弁済期日 同年九月二〇日

(二) 貸付年月日 同年八月二二日

貸付金額 金三、〇〇〇万円

弁済期日 同年一一月二二日

(三) 貸付年月日 昭和五〇年一月五日

貸付金額 金五二五万円

4  以上のとおり貸金債権を譲り受け、あるいは自ら金員の貸付をなした(もっとも、その間一部弁済を受けた。)ことにより、原告は、中島に対し昭和五〇年四月一〇日の時点で合計金四、六八三万八、四一二円の貸金債権を有していたところ、同日、中島(弁護士訴外小木郁哉が代理)との間において右貸金債権につき左記要旨による債務確認及び弁済契約を締結した。

(一) 中島は原告に対し、昭和四九年五月二七日から右同日までの金銭消費貸借契約に基づく債務額が金四、〇〇〇万円であることを認め、これを原告に対し次のように分割して支払う。

(1) 昭和五〇年四月七日限り 金三〇〇万円

(2) 同年四月三〇日限り 金二、〇〇〇万円

(3) 同年五月三〇日限り 金一、七〇〇万円

(二) 本件譲渡担保権に基づいて、中島は、本契約締結と同時に、原告に対し、右(一)の債務を担保する目的で本件土地共有持分及び本件建物所有権を移転し、かつ占有改定の方法により本件建物を引渡す。

(三) 中島が右最終の弁済期日である昭和五〇年五月三〇日までに右金四、〇〇〇万円の支払いをしないときは、中島は、原告が本件土地共有持分等を金二、〇〇〇万円と評価のうえこれを右金四、〇〇〇万円の内金二、〇〇〇万円の弁済に代えて取得することを承諾し、本件土地建物につき本件各仮登記に基づく各本登記手続をなすとともに昭和五〇年五月三〇日限り本件建物を明渡す。

5  ところが、中島は、右最終の弁済期日が到来しても右金員の支払いを全くしなかったので、原告は、昭和五〇年九月一八日、中島を相手に本件土地建物についての本件各仮登記に基づく各本登記手続及び本件建物の明渡を求める訴を提起したところ(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第七八六八号)、右訴訟において昭和五一年一月三〇日原告勝訴の判決がなされ、右判決は同年二月二八日確定した。

6  ところで、被告井上治平(以下被告井上という。)、同中外機材株式会社(以下被告会社という。)は、いずれも中島に対する債権に基づき本件土地建物について東京法務局杉並出張所昭和五一年七月一三日受付第二八二五七号(被告井上)及び同法務局同出張所同年同月一五日受付第二八五三八号(被告会社)をもって本件土地共有持分等仮差押の各登記を経由し、さらに被告井上は本件土地建物につき、同法務局同出張所同年九月一日受付第三六五七七号をもって東京地方裁判所の競売手続開始を原因とする本件土地共有持分等強制競売申立の登記を得ている。

よって原告は、登記上利害関係を有する被告らに対し、原告が本件土地建物につき本件各仮登記に基づく各本登記手続をなすことの承諾を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実中、出月が本件土地建物につき原告主張の本件抵当権設定の各登記を経由したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2の事実中、原告が本件土地建物につきその主張の本件抵当権移転の各附記登記及び本件各仮登記を経由したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は知らない。

5  同5の事実中、原告がその主張の日中島を相手に原告主張の訴を提起したところ、右訴訟において原告主張の日原告勝訴の判決がなされ、右判決は原告主張の日確定した事実は認めるが、その余の事実は知らない。

6  同6の事実は認める。

三  被告井上の主張および抗弁

1  仮りに原告が中島から本件土地共有持分等に対し昭和四九年八月三〇日譲渡担保権の設定を受け、次いで昭和五〇年四月一〇日右譲渡担保権に基づいて原告主張の金四、〇〇〇万円の債権担保のため本件土地共有持分及び本件建物所有権の移転を受けたものであるとしても、原告が本件土地共有持分等に対して有する右担保権は、その公示方法として本件各仮登記を備えるにすぎないものであるから、第三者との間においては本件各仮登記を公示方法とするいわゆる仮登記担保権としての効力を有するにすぎないものと解するのが相当であるところ、右仮登記担保権は、本件各仮登記の原因契約である売買予約が出月から原告に対する本件抵当権の譲渡と同じ昭和四九年八月三〇日になされ、また、本件各仮登記の登記手続が出月から原告に対する本件抵当権移転の各附記登記手続と同じ同年九月一二日になされているところからすれば、本件抵当権とのいわゆる併用担保権として設定されたものと解されるので、その被担保債権は本件抵当権と同じ金一、四〇〇万円の貸金債権のみであり、その後昭和五〇年四月一〇日に至り原告と中島間になされた右被担保債権の範囲の拡張に関する合意(請求原因4の(二))は、その登記がなされていない以上、第三者である被告らとの間においてその効力を主張できないものである。

2  そうだとすれば、被告井上が中島に対する公正証書の執行力ある正本に基づいて昭和五一年八月三一日東京地方裁判所に本件土地共有持分等に対する強制競売を申し立て、同年九月一日右競売手続開始決定を得た(同日競売申立登記経由)以上、原告は、右競売手続に参加し、同手続においてその換価代金から優先弁済を受けるべきであり、もはや自己固有の権利実行手続である本訴請求は許されない。

3  仮に原告において自己固有の権利実行手続である本訴請求をすることが許されるとしても、原告は、右仮登記担保権の実行として本件土地共有持分及び本件建物所有権を確定的に自己に帰属させるためには、中島に対しいわゆる清算義務を負うものというべきところ、右仮登記担保権の被担保債権額は前述のように金一、四〇〇万円であるのに対し、本件土地共有持分等の適正価額は金二、〇〇〇万円を下らないから、被告井上は原告において右清算金六〇〇万円を中島に支払うのと引換えに本訴請求にかかる承諾をなすべきことを主張する。

四  被告会社の主張及び抗弁

三の1、2に同じ。

五  三、四に対する認否及び主張

1  三の1の事実中、本件譲渡担保権がその公示方法として本件各仮登記を備えるにすぎないものであること、被告ら主張のように、本件各仮登記の原因契約たる売買予約が出月から原告に対する本件抵当権の譲渡と、また、本件各仮登記手続が出月から原告に対する本件抵当権移転の各附記登記手続とそれぞれ同じ日になされていることは認めるが、その余の主張は争う。本件譲渡担保権は、請求原因2で述べたとおり出月からの譲受けにかかる金一、四〇〇万円の貸金債権のみならず将来の貸金債権をも包括的に担保するため設定されたものであって、被告ら主張のような本件抵当権とのいわゆる併用担保権ではない。そして昭和五〇年四月一〇日原告と中島との間に成立した本件譲渡担保権の被担保債権等に関する合意(請求原因4の(二))は被告ら主張のように右被担保債権の範囲を拡張するものではなく、当初包括的に定められていた被担保債権をその範囲内において具体的に確定したものにすぎない。

2  三の2の事実中、被告井上が被告ら主張の債務名義の執行正本に基づいて被告ら主張の日東京地方裁判所に被告ら主張の強制競売を申し立て被告ら主張の日右競売手続開始決定を得た(同日主張の登記経由)ことは認めるが、その余の主張は争う。本件譲渡担保権の被担保債権額は前述のように金四、〇〇〇万円であって本件土地共有持分等の適正価額である金二、〇〇〇万円を大巾に上廻わるものであるうえ、原告は、被告井上が右競売手続開始決定を得る前において、すでに本件譲渡担保権に基づいて請求原因5で述べたとおり自己固有の権利実行手続に着手したものであるから、右競売手続開始決定がなされたからといって自己固有の権利実行手続である本訴請求が許されないものとされるいわれはない。

3  三の3の事実中、本件土地共有持分等の適正価額が金二、〇〇〇万円であることは認めるが、原告が中島に対し金六〇〇万円の清算金支払義務があるとする被告井上の主張は争う。原告に清算金支払義務のないことは2で述べたところから明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実中、出月が本件土地建物につき原告主張の本件抵当権設定の各登記を経由したこと、同2の事実中、原告が本件土地建物につきその主張の本件抵当権移転の各附記登記及び本件各仮登記を経由したこと、同5の事実中、原告がその主張の日中島を相手に原告主張の訴を提起したところ、右訴訟において原告主張の日原告勝訴の判決がなされ、右判決が原告主張の日確定したこと及び同6の事実はいずれも全当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば請求原因1、2、5の各その余の事実及び同3、4の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  以上説示認定の事実に基づいて、まず、原告が本件土地共有持分等に対し取得した担保権(以下本件担保権という。)の性質について考えるに、原告は、前述のように、中島から本件土地共有持分等に対し昭和四九年八月三〇日譲渡担保権の設定を受け、次いで昭和五〇年四月一〇日右譲渡担保権に基づいて原告主張の金四、〇〇〇万円の債権担保のため本件土地共有持分及び本件建物所有権の移転を受けたものであるけれども、右譲渡担保権の取得及びこれに基づくその後の権利取得につき持分ないし所有権移転登記を備えず、単に本件各仮登記を備えるにすぎないから、原告は第三者に対し本件土地共有持分等に対する譲渡担保権の取得及びこれに基づくその後の権利取得そのものをもって対抗することはできず、これらの各権利取得のうち本件各登記に公示された限度の権利、すなわち本件各仮登記を公示方法とするいわゆる仮登記担保権の取得をもって対抗しうるにすぎないものと解するのが相当である。

次に本件担保権の被担保債権の範囲について考えるに、本件担保権は、前述のように、昭和四九年八月三〇日出月からの譲受にかかる金一、四〇〇万円の貸金債権のみならず、将来の貸金債権をも包括的に担保するため設定され、その後昭和五〇年四月一〇日に至り当事者間において当初包括的に定められた右被担保債権をその範囲内において前記金四、〇〇〇万円の債権と具体的に確定したものであるから、本件土地共有持分等の適正価額を限度として右債権全部を担保するものというべきである(最高裁昭和五二年三月二五日二小判民集三一巻二号三二〇頁参照)。

四  そこで、被告らの競売手続参加の抗弁(三被告井上の主張及び抗弁2記載)につき判断するに、被告ら主張事実中、被告井上が被告ら主張の債務名義の執行正本に基づいて被告ら主張の日東京地方裁判所に被告ら主張の強制競売を申し立て被告ら主張の日右競売手続開始決定を得た(同日主張の登記経由)ことは全当事者間に争いがないが、前記説示認定の事実に《証拠省略》を総合すれば本件土地共有持分等の適正価額は金二、〇〇〇万円程度で、本件担保権の被担保債権額である金四、〇〇〇万円を大巾に下廻わるものであり、従って右競売手続は剰余の見込みなきものとして民事訴訟法六五六条により取消されるべき運命にあることが認められる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)から、右競売手続の開始を理由に原告の本件担保権に基づく自己固有の権利実行手続である本訴請求を許さないものとするのは相当でないから、被告らの右抗弁はその理由がない。

五  三、四説示認定の事実によれば、被告井上の引換給付の抗弁(三被告井上の主張及び抗弁3記載)もまたその理由がないことが明らかである。

六  以上の事実によれば、登記上利害関係を有する被告らに対し原告が本件土地建物につき本件各仮登記に基づく各本登記手続をなすことの承諾を求める原告の請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾政行)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例